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日本在来馬巡り|野間馬ハイランドで野間馬と楽しいひと時

日本在来馬巡り 野間馬 アイキャッチ画像

日本に8種いる日本在来馬の1種で愛媛県に暮らす野間馬。

日本在来馬巡りで野間馬に出会うため愛媛県今治市にある「野間馬ハイランド」を訪れた時の様子を紹介します。

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野間馬ハイランドに暮らす日本在来馬の野間馬とは?

四国の愛媛県今治市にある野間馬ハイランド

この施設には日本各地に8種いる日本在来馬の1種である野間馬が暮らしています。

野間馬は8種いる日本在来馬の中で最も体が小さい日本馬。

日本在来馬 大きさ 比較
引用:公益財団法人馬事文化財団HP

野間馬の起源は江戸時代前期の寛永12年(1635年)までさかのぼり、松山藩主の久松定行が弟の今治藩主である久松定房に命じた瀬戸内海に浮かぶ馬島での軍馬放牧場作りに始まります。

放牧場は病気や飼料不足などにより上手くいかず、藩は馬の飼育を野間郡(現在の野間馬ハイランドがある地域)の地元農家の方へ委託。

藩は体高が4尺(約121cm)より高い馬は買い取り飼育料と報賞金を与え、それより低い馬は農家に無料で払い下げたことにより農家の間で馬産が盛んに。

農家では体高の低い馬同士の繁殖が進んでいき、現在の体が小さな野間馬が出来上がったとされています。

体の小さな野間馬ですが体は丈夫で力持ち。おとなしい性格で粗食にも耐えるため田畑の耕作や荷役として人間と深い関わりを持ちながら暮らしてきた野間馬。

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しかし明治中頃になると国が農用馬を軍馬として使えるよう馬の大型化を推進し、種牡馬検査法の制定により野間馬の繁殖が法律で禁止されると野間馬の数は減少。

さらに昭和に入ると農業機械や自動車の普及に伴い野間馬の数は大きく減少し、昭和30年代には今治市に野間馬は1頭もいなくなり日本全体でも6頭だけと絶滅寸前まで追い込まれた野間馬。

残された6頭の野間馬は県立道後動物園の2頭に加え、個人で野間馬を守り育てていた松山市南高井に住む長岡悟さんの4頭。

長岡さんは愛媛県をくまなく歩き野間馬を集められ十数年の苦労の末に野間馬の繁殖に成功。

1978年(昭和53年)に野間馬のふる里である今治市へ4頭の野間馬を寄贈。

今治市が設立した野間馬保存会が長岡さんより譲り受けた野間馬4頭(雄1頭、雌3頭)を元に繁殖・保存を進めていき、野間馬は1985年(昭和60年)に全国で8番目の日本在来馬に認定。

3年後の1988年(昭和63年)には愛媛県今治市の指定文化財にも指定されています。

日本在来馬|野間馬の暮らす野間馬ハイランドへ

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