日本一周の車中泊旅で訪れた高知県。
学生時代の教科書で目にした高知の桂浜にある坂本龍馬像を訪れた時の様子を紹介します。
高知の桂浜にある坂本龍馬像|アクセス・駐車場
高知の桂浜公園の中にある坂本龍馬像。
私は車で訪れ坂本龍馬像を見学しましたが、利用させてもらった「桂浜公園 駐車場」の入り口にあるゲート。


営業時間の8:30前に入場すると駐車料金を支払う必要がなく、ゲート内にある駐車場を無料で利用することができます。


8:30以降に駐車場を利用する時はゲートで駐車料金を支払いますが、前払い制のため8:30前に入った人はそのまま駐車場を出ることができます。





私は人混みが苦手で空いている時に坂本龍馬像を観光するため早めに行きましたが、無料で駐車場を利用させてもらえました。感謝。
桂浜公園の駐車場はとても広くゆったり車を駐車することができます。




車を止めた後は駐車場の近くにある観光案内所を通過。


様々な店舗の入ったショッピングモール「桂浜 海のテラス」も通過。






坂本龍馬像の看板に従い急な階段の先へ。




階段を上りきると坂本龍馬像の後ろ姿が目の前に現れます。


高知の桂浜にある坂本龍馬像|特設展望台からの眺め
教科書でよく見ていた坂本龍馬像が目の前に。


到着した時間が早く観光客の姿もほとんどありません。




坂本龍馬像の足元にある台座部分には沢山の花が飾られています。










この花は期間限定で飾られているようで、訪れる時期によって飾られる花の種類も変わるようです。





良い時期に坂本龍馬像を訪れることができました。
坂本龍馬像の隣には立派な特設展望台が組まれていますが、訪れた時間が早く展望台の入り口は閉じられています。






特設展望台の近くにある案内板には坂本龍馬の生前の活躍や坂本龍馬像が建設された経緯などが紹介されています。




坂本龍馬の横顔
坂本龍馬は、高知の城下町に住む郷士の次男として生まれた(1835年)。青年時代に江戸に向かい、千葉道場で北辰一刀流を学び剣士として知られている。文久元年(1861年)、いちはやく武市半平太(瑞山)の土佐勤王党に参加した。
その後、脱藩して勝海舟に師事して海軍建設を計画し、また長州(山口県)の桂小五郎(木戸等充)、薩摩(鹿児島)の西郷隆盛を説いて慶応2年(1866年)薩長両藩の同盟協約を成功させる大きな力となった。その薩長同盟の効果もあり、長州藩は長州に押し寄せた幕府軍(徳川方)を撃破した。これを機会に討幕運動が高まったが、龍馬はこの薩長同盟の勢力に土佐藩を加え、これを背景とする王政復古を考え、土佐藩の参政、後藤象二郎を説き、立憲的な議会制度を基とする新政府の出現に期した。山内容堂(15代藩主)は後藤の提案を受け入れて、慶応3年(1867年)10月3日、将軍徳川慶喜に大政奉還を建白した。
将軍も時勢を察し、10月14日に政権返上を朝廷に上奏した。龍馬はこれを喜び新政府創立に奔走したが、11月15日京都河原町近江屋で幕府方の刺客に襲われ、同志中岡慎太郎とともに凶刃に倒れた。龍馬は海援隊長、慎太郎は陸援隊長として土佐藩の遊軍をつくり、その活躍が期待されたが、幕末の新旧勢力対立の犠牲となった。時に龍馬は33歳、慎太郎は30歳であった。坂本龍馬先生銅像建設由来記
海の男としてたくましく生きた坂本龍馬先生の永遠の姿をわれわれはこの銅像に見る。海援隊を創設し、薩長同盟を成立させて土佐藩を倒幕派陣営に誘い、将軍の政権奉還による王政復古を見るまで33年の生涯は凶刃のために血潮に染められたが、先生の起案した船中八策は新日本建設の柱として残された。先生の夢は後代の青年の魂をゆさぶり続け、大正の末年県青年たちの提唱によって、銅像建設のことも立案推進された。この桂浜の厳頭に立てられた先生銅像の除幕式は昭和3年5月27日を期して挙行された。建設資金は当時の青年たちの零細な拠出によって造成されたが、この計画は先生の往時の同志、田中光顕伯の賛助を受け当時25歳の青年秩父宮から寄付金が下賜されたのである。このことが一層県下青年を感奮させたと伝えられる。総工費2万5千円、像身5.3メートル、台座8メートル、製作者は郷土出身の本山白雲である。除幕式の当日は軍艦「浜風」が像の下に投錨 参列して祝意を表した。青年の力によって建設されたこの銅像は青年のシンボルとして雨の日も風の日も力強く若者たちの魂に話かけるであろう。
建設以来55年を経、損傷の著しい銅像台座の修復工事を行うべく立ち上がった現在の高知県青年は昭和58年3月20日、桂浜で盛大に竣工を祝った。修復資金は一口100円の寄付を街頭募金を通じて県内外の龍馬ファンから募り、目標額を上まわる573万4195円の寄付金を集めた。明治の青年たちが建設した、その意志を受けついで昭和の青年たちの手で修復しよみがえった坂本龍馬先生の銅像。
「いつまでも伝えたい、龍馬の心を生き方を」の合言葉とともに次代の青年たちにこの意志が受けつがれんことを期待する。
さらに、建立以来桂浜で風雨に耐えること70年。古希を迎えたのを機に、「日本も龍馬も倒しとうない」と、有志たちが龍馬像修復実行委員会を結成。建立時と同様、龍馬を愛する人々から大きな浄財を得た。(総額59,414,590円)。そして平成11年3月28日、修復・強化された龍馬像は再び太平洋を望んだ。「ありがとう。つぎは日本の洗濯ぜよ」と、その姿は語っているかのようである。
上れなかった特設展望台が気になりつつ、坂本龍馬が見つめる先に広がる桂浜へ。






桂浜の周辺に広がる桂浜公園ものんびり散策。




桂浜公園を散策後に再び坂本龍馬像のところへ行くと先ほどまではほとんどいなかった沢山の観光客が。









人気の観光地になっている高知の坂本龍馬像。
ゆっくり坂本龍馬像を見学したい人は早めに行くことをお勧めします。
先ほどまで開いていなかった特設展望台の入り口も開いておりテント下の受付で入場料の100円を支払い展望台の中へ。


たくさんの足場と階段で組まれた特設展望台の中。


階段はかなり急なので注意して下さい。


特設展望台の途中には記念撮影用の顔出しパネルのスペースもあります。






顔を出した場所を特設展望台の外から見ると坂本龍馬の顔の位置になっています。




特設展望台の一番上には坂本龍馬像を真横から見学できるスペースが設けられ双眼鏡なども用意されています。










坂本龍馬と同じ視線の高さから太平洋を眺めることができ大満足。






坂本龍馬像を真横から見学した後は特設展望台を下り周囲を改めて確認すると、朝には綺麗に飾られていた花が片づけられており坂本龍馬像の台座もサッパリした状態に。









設置された特設展望台や飾られた花など、期間限定のちょうどいいタイミングで坂本龍馬像を見学することができました。