【車中泊で日本一周ひとり旅】で訪れた北海道。
十勝地方を訪れた時に六花亭の包装紙デザインでお馴染みの坂本直行の開墾の地跡へ訪れた時の様子を紹介します。
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坂本直行|開墾の地跡がある場所
広尾大樹線(道道1037号線)を走っていると道路沿いに見える白い標識。


車を標識前の砂利道に停車。


車を降りて白い標識を確認すると「農民画家 坂本直行 開墾の地跡」と書かれています。


平成20年(2008年)に建てられた木製の標識は風雪に耐え根本部分にはヒビも入っています。


この標識の先に砂利道が続いていますが、この時は旅の途中に訪れたので気になりつつ砂利道の先までは行かず。


この辺りがかつて坂本直行が開墾で入植した場所だと感動しつつ次の場所へ。



今度訪れた時は砂利道の先まで行き様子を確認してみたいと思います。
坂本直行|開墾の地跡の歴史
周囲に何もない原野が広がる坂本直行の開墾の地跡。
この開墾地は坂本直行が30歳の1936年(昭和11年)に25町の土地を取得して開墾を開始。
25町といってもイマイチ大きさが分かりませんが
1町の広さ
- 1町=100m×100m
- 1町=3,000坪
身近なもので言うと野球場のグラウンド部分が大体100m×100mとなっており、坂本直行は野球場が約25個分の広大な土地を取得・開墾したことになります。


開墾を開始した1936年の春に妻となる石﨑ツルと結婚。
この開墾地で6人の子宝に恵まれ苦しい開墾生活を送る中、坂本直行が36歳となる1942年に代表作の「開墾の記」を発刊。
彫刻家の峯孝氏や帯広千秋庵(現・六花亭製菓株式会社)の小田豊四郎氏との出会いなどから個展開催や六花亭の包装紙採用などを経て画業へと転向。




坂本直行が54歳になる1960年まで30年にわたる原野での開拓農民生活を続けた地となります。